東京地方裁判所 昭和47年(ワ)2134号 判決 1974年6月28日
原告 篠七太郎
右訴訟代理人弁護士 土屋豊
被告 三谷隆一
右訴訟代理人弁護士 川島竹之助
被告 林田要
<ほか三名>
右四名訴訟代理人弁護士 内藤貞夫
主文
一 被告三谷隆一は原告に対し別紙物件目録(二)および(三)記載の各建物を収去して同目録(一)記載の土地を明渡し、かつ金九万三四八〇円ならびに昭和四八年一月一日から右明渡に至るまで一か年金一〇万三三二〇円の割合による金員を支払え。
二 原告に対し、被告林田要、大塚兵太郎は同目録(二)記載の建物から、被告長島美樹、鈴木田隆郎は同目録(三)記載の建物から退去して同目録(一)記載の土地を明渡せ。
三 訴訟費用は被告らの負担とする。
事実
第一原告
一 請求の趣旨
主文同旨の判決と仮執行の宣言
二 主張
1 請求原因
(一) 原告は、その所有の別紙物件目録(一)記載の土地(本件土地)を、昭和三七年三月一日、被告三谷に対し、普通建物所有の目的賃料は毎年末日払の約で賃貸し、被告三谷は右土地上に同目録(二)および(三)記載の建物を所有し、被告林田、同大塚は右の建物に、被告長島、同鈴木田は(三)の建物に居住して、いずれも本件土地を占有している。
(二) 原告は、被告三谷に対し、昭和四六年一二月二九日、本件土地の昭和四五年分賃料金六万二九七六円のうちの未払分金一万円および昭和四六年分賃料金七万八七二〇円(ただし、同年四月以降において増額請求にかかる月額坪当り八〇円の割合による額)を昭和四七年一月五日までに支払うよう催告し、右期限内に支払わない場合には、右期限の経過と同時に本件土地賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。
(1) 従って、本件土地賃貸借契約は、昭和四七年一月五日かぎり右解除の意思表示によって終了した。
(2) 仮りに、本件土地賃貸借契約の解除につき、被告らの後記主張のごとく、賃料の支払を遅滞しても、支払期限後二か月以内においては解除をなし得ないとの特約があるとすれば、本件土地賃貸借契約は右二か月の期間の満了する昭和四七年二月末日の経過とともに前記解除の意思表示によって終了した。
(三) よって、原告は、被告三谷に対し、別紙物件目録および(三)記載の各建物を収去して本件土地を明渡すこと、ならびに、本件土地の賃料相当損害金として、昭和四七年一月六日から同年一二月三一日までの分金九万三四八〇円、昭和四八年一月一日から本件土地明渡に至るまで一か年金一〇万三三二〇円の割合による金員の支払を求め、被告林田、同大塚に対し別紙物件目録(二)記載の建物から、被告長島、同鈴木田に対し同目録(三)記載の建物からそれぞれ退去して本件土地を明渡すことを求める。
2 抗弁に対する認否
(一) 抗弁(一)のうち、本件土地賃貸借契約書に被告らの主張のとおりの条項があることは認めるけれども、その余は否認する。
右契約書は、賃料月払の場合の書式によったものであるところ、右条項は元来、月払賃料につき、例えば二か月分の支払を怠ったときは催告なくして解除できる、との趣旨に解すべきものであって、ある期の一か月分の賃料の支払を二か月間以上遅滞しなければ解除できない、との趣旨とは解せられないから、本件のごとく賃料年払の場合に、賃料の延滞その他の債務不履行または不信行為があるのに催告をしても二か月間は解除できないとの趣旨に解すべきではない。しかるところ、被告三谷は昭和三九年来賃料を履行期限たる年末に支払ったことはかつて一回もなく、昭和四三年ないし昭和四五年分については、いずれも右の二か月をも経過して四月以降に支払い、原告はその都度解除することを宥恕してきたものであるから、右のごとき事情のもとにおいて、前記の賃料不払を理由として催告のうえなした前記解除の意思表示は、前記特約条項に牴触することなく、その効力を生ずるものというべきである。
(二) 抗弁(二)は争う。
(三) 抗弁(三)のうち、被告ら主張のとおりの供託がされていることは認めるが、その余は否認する。
三 証拠≪省略≫
第二被告ら
一 答弁
原告の請求をいずれも棄却する。
二 主張
1 請求原因に対する認否
請求原因事実のうち、昭和四六年分賃料についての増額請求の効果は争うが、その余はすべて認める。
2 抗弁
(一) 本件土地賃貸借契約に関しては、その契約書第四条において「賃借人が弐月以上借賃の支払を怠ったときは、賃貸人はこの賃貸借契約を解除することが出来る。」と定められており、右条項は、賃料不払による解除は履行期限後二か月以上経過しなければ、なし得ない、との趣旨と解すべきところ、本件土地賃料の履行期限は毎年末日の定めであるから、原告がした解除の意思表示は昭和四六年分の賃料の不払を理由とするものについては、その効力を有しない。
(二) 被告三谷が昭和四五年分の本件土地賃料のうち金一万円の支払を遅滞したのは、被告三谷において同年分の賃料を金五万二九七六円と誤算していたことによるものであり、かつ遅滞額は右のとおりの少額にすぎないから、右の不払を理由として解除するのは権利の濫用というべきである。
(三) 被告三谷は、昭和四六年分の賃料増額に関し原告と交渉中であったので、原告の前記催告に対し、被告三谷が相当と認める賃料を原告に提供しても、原告においてその受領を拒絶する意思が明確であったため、昭和四七年一月七日、昭和四六年賃料として相当と認めた金五万二九七六円(従前の賃料坪当り一か月金六九円の割合により金六万二九七六円とすきべところ、被告三谷の計算違いにより算出された金額)を弁済供託した。
三 証拠≪省略≫
理由
一 請求原因事実のうち、原告が被告三谷に対し本件土地を賃料毎年末日払の約で賃貸しているところ、昭和四六年一二月二九日、昭和四五年分賃料金六万二九七六円のうちの未払分金一万円および昭和四六年分賃料金七万八七二〇円(ただし、増額請求にかかる月額坪当り八〇円の割合による額)を昭和四七年一月五日までに支払うよう催告し、右期限内に支払わない場合には、右期限の経過と同時に本件土地賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。
被告らは、右増額請求の効果を争うところ、≪証拠省略≫を総合すると、原告は昭和四六年四月ないし七月ころまでの間において被告三谷に対し、本件土地の賃料に関し、従前月額坪当り六九円の割合であったものを昭和四六年分については右の額を三〇円増額する旨請求したが、被告三谷の承諾を得られなかったため、同年一二月二九日前示催告と同時に、一一円増額して八〇円にする旨請求したことおよび同年分の賃料額としては一二月に請求にかかる月額坪当り八〇円の割合による年額金七万八七二〇円をもって相当とすることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
しかして、本件土地の賃料は毎年末後払の定めであるから、前示のごとく昭和四六年四月ないし七月の間になされた同年分の賃料について増額請求によって、同年末日に支払われるべき同年分の賃料全体につき、前示の相当額による増額の効果が生じたものというべきである。
二 抗弁につき判断する。
1 抗弁(一)
本件土地賃貸借契約書の第四条に「賃借人が弐月以上借賃の支払を怠ったときは、賃貸人はこの賃貸借契約を解除することが出来る。」との記載があることは当事者間に争いがない。
ところで、右条項は、その文言のみからすれば、被告らの主張するごとく、賃料不払を理由とする解除は、履行期限後二か月以上経過しなければ、なし得ない、との趣旨と解する余地がないわけのものでもない。しかしながら、右契約書は、もともと賃料月払の場合の書式を利用したものであることが同証の記載に徴し明白であるところ、一般に賃料月払の場合には、右のごとき条項の解釈としては、(イ)「ある期の賃料の支払を二か月間以上にわたって遅滞したときでなければ解除できない。」との趣旨に解すべきではなく、(ロ)「賃料の支払を遅滞し、その額が二か月分以上に達したときは、催告なくして解除できる。」との趣旨に解するのが相当である。そうとすれば、賃料年払の場合には、前示文言のごとき条項を(ロ)の趣旨で適用する余地のないことはいうまでもないところであるが、さりとて(イ)の趣旨に解することは、履行期限を翌年二月末日と定めるのとさしたる変りはないことに帰するうえ、元来賃料月払の場合のための条項を年払の場合に使用したものと認められるのに、右条項の本来の趣旨たる(ロ)以上に拡大解釈することも相当ではないから、右条項をもって被告らの主張する趣旨に解することは特別の事情の存しないかぎり認め難いものというべきである。しかるに、すべての証拠によっても、本件土地賃貸借契約に関して右条項が設けられるに至った具体的経緯は確定できず、右のごとき特別事情は見出し得ない。してみれば、結局、右条項は諸般の事情とあわせて解除権行使についての当事者間の一応の基準として、「賃料の二か月間以上の遅滞」を定めたものにすぎないものと解するのが相当であり、他の事情とあわせれば解除を合理的とする理由が存する場合に催告のうえ解除することまでをも履行期限後二か月間は禁止する、との趣旨とまでは解すべきものではない。
しかるところ、≪証拠省略≫を総合すると、被告三谷は昭和三九年以降本件土地の賃料をその履行期限たる年末に支払ったことが一回もなく、昭和四三年ないし昭和四五年分については翌年四月から五月にわたり支払を遅滞していること、賃料増額請求は当該年度途中もしくは翌年当初になされていたのであるが、増額交渉中のため、あるいは増額請求を予測して賃料の支払がやむなく遷延したというわけのものでもなく、また被告三谷が賃料支払の資力に欠けるということもないのであって、右のごとき遅滞は、ひっきょう被告三谷の賃料の支払に対する誠意の如何にかかわることというほかなく、遅滞につき格別宥恕すべき事情もみあたらないのである。
右の事情のもとにおいては、前示賃料の不払を理由として催告のうえなした前示解除の意思表示は、昭和四六年分賃料について履行期限後二か月を経過していなくとも、その意思表示どおりの効果を生じ得るものと認めるに妨げないというべきである。
2 抗弁(二)
被告らは、昭和四五年分賃料の未払分金一万円の不払を理由として本件土地賃貸借契約を解除するのは権利の濫用であると主張するのであるけれども、昭和四六年分の賃料の不払のみを理由として解除し得ることは前示のとおりであるから、右抗弁は判断の要をみないところというべきである。
しかし、付言するに、右抗弁自体もまた採用のかぎりでない。すなわち、被告らの主張するごとく被告三谷が昭和四五年分賃料について誤算していたとしても、≪証拠省略≫を総合すると、原告は昭和四六年中被告三谷に対し右未払分金一万円の支払を再三督促し、とくに昭和四六年一二月には代理人たる弁護士から、内容証明郵便をもって前示のとおり催告を受けていることが認められるから、右のいずれかの時期に誤算に気づいて然るべきものである。しかるに、被告三谷は、原告から本訴を提起され弁護士に応訴を委任し、同人に指摘されるに至ってはじめて誤算に気づいた旨の供述をしている。しかし、右供述はにわかに措信し難いのみならず、仮に右供述のとおりであったとしても、弁論の全趣旨によれば、被告三谷は前年度の昭和四四年分賃料として金五万九〇五六円を支払っており、その後昭和四五年分賃料について増額を承諾しているのであるから、昭和四五年分の賃料として算出した金五万二九七六円という額が誤算であることは前年度分の支払賃料額に対比してみれば容易に気づくべきはずのことであるのに、前示のように支払の催告を受けてもなお気づかなかったというのは理解し難いほど無思慮にすぎる態度というべきであって、右のごとき態度であってみれば賃料支払の誠意を疑われてもやむをえないものというほかない。また、右金一万円は月割にすれば、おおよそ二か月分の賃料に相当するから、右賃料額の一年間にわたる履行遅滞は賃貸人たる原告にとってみれば、決して被告らの主張するごとき軽微な債務不履行として不問に付することはでき難いものというべきである。要するに被告らの権利濫用の抗弁は到底採用するに由ないものといわなければならない。
3 抗弁(三)
右抗弁のうち被告ら主張のとおり被告三谷が弁済供託したことは当事者間に争いがない。
しかしながら、右供託は原告に対する履行の提供をせずにしたものであるところ、これを正当ならしめる事由の存在を認めるに足りる証拠は存しない。
のみならず、≪証拠省略≫によれば、原告は毎年賃料の増額を請求していたけれども、結局は被告三谷が承諾し、支払う額を受領していたものであることが認められるのであって、右事実に徴すれば、昭和四六年賃料について被告三谷が相当額を提供しても原告が受領を拒絶する意思が明白であったものということはできないものというべきである。
してみれば、前示供託は、その供託額の適否はともかくとしても、要件を欠き不適法なものといわざるをえないから、抗弁(三)も採用することができない。
三 したがって、原告のした前示解除の意思表示は有効というべく、被告三谷が本件土地上に別紙目録(二)および(三)記載の建物を所有し、被告林田、同大塚が(二)建物に、被告長島、同鈴木田が(三)建物に居住していることおよび本件土地の昭和四七年ならびに昭和四八年の賃料相当額がそれぞれ原告主張のとおりであることについてはいずれも当事者間に争いがないから、原告の被告らに対する本訴請求はすべて正当であるというべきである。
四 よって、原告の被告らに対する本訴請求を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用し、仮執行の宣言は不相当と認め、付さないこととして主文のとおり判決する。
(裁判官 内藤正久)
<以下省略>